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高松高等裁判所 昭和26年(う)1258号 判決 1952年11月27日

控訴人 検察官 高橋道玄 被告人 竹村隆郷

弁護人 深田小太郎

被告人 藤本雪恵 外一名

主文

各原判決を破棄する。

被告人竹村隆郷を罰金壱万円に、

同藤本雪恵を罰金七千円に処する。

右各罰金を完納することができないときは金弐百円を壱日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

被告人竹村隆郷より金二十四万五千七百円を追徴する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人竹村隆郷の負担とする。

理由

被告人藤本雪恵に対する検察官(高知区検察庁検事岡村三郎)の控訴趣意及び被告人竹村隆郷の弁護人深田小太郎の控訴趣意は夫々別紙記載の通りである。

被告人藤本に対する検察官の控訴趣意について、

論旨は被告人藤本に対する原判決は判決に影響を及ぼす事実の誤認があると謂うのである。仍て原審が取調べた各証拠を検討して考察するに、所論の如く被告人藤本は本件農地を被告人竹村より買受けるに際しその所有権取得については所轄県知事の許可があり所定の手続により適法に所有権を取得し得るものと信じていたとしても、被告人藤本は本件農地の代金額(二十五万円)が統制額を遙に超える所謂闇価格であることはこれを充分知悉していたこと明かであり、右価格の点について迄県知事の承認があつたものと信じていたものとは到底認められない(原審第一回公判調書中被告人藤本の供述記載及び被告人藤本の検察官に対する第一回供述調書参照)。原判決が被告人藤本の弁解を全面的に是認し同被告人は本件農地を統制額を超える価格で買受けるにつき県知事の許可があるから差支ないと信じていたものと判断したのは本件証拠上窺える諸般の情況に徴するも首肯し難く、原審は同被告人の犯意の点につき誤認があるものと謂わなければならない。従て同被告人に対し無罪を言渡した原判決には判決に影響を及ぼす事実の誤認があり、論旨は理由がある。

被告人竹村の弁護人の控訴趣意第一点について、

本件記録を調査するに原審各公判において被告人竹村の弁護人として西村寛が出頭し各種の訴訟行為をしているところ、記録中に右弁護人の選任届が編綴されていないこと所論の通りである。仍て考察するに刑事訴訟規則第十八条は「公訴の提起後における弁護人の選任は弁護人と連署した書面を差し出してこれをしなければならない」旨規定し選任届を欠く弁護人の選任は明かに違法たるを免れないけれども、被告人竹村よりの弁護人選任に関する回答書によれば「八月十四日弁護人として西村寛を選任した」旨の記載があり同被告人が本件につき西村寛を弁護人として依頼したことはこれを窺うことができ且つ西村寛が高知弁護士会所属の弁護士であることは当裁判所に顕著なところであるから、弁護人選任届を欠く一事を以て直ちに原審の審理全体が無効であると見ることは妥当でない。而して右西村寛弁護士は原審各公判において被告人竹村のため防禦し且つ弁護していること記録上明かであり選任届を欠く右違法は本件の場合判決に影響を及ぼさないものと認める。従て論旨は採用し難い。

同第二点について

論旨は原判決は被告人竹村に対し金二十五万円の追徴を言渡しているところ本件売渡代金二十五万円の中本件農地の統制額四千百十八円四十銭については適法にこれを受領し得べきものであるから原審が二十五万円全額につき追徴を言渡したのは違法であると謂うのである。仍て考察するに或物を統制額を超える価格で売却して取得した代金は刑法第十九条第一項第三号に所謂「犯罪行為に因り得た物」に該当しその取得代金全部を没収することができない場合刑法第十九条の二によりその代金全額に相当する価額を追徴することは許されるものと解すべきであるから追徴額は統制額相当額を差引くべきであるとの本論旨はこれを採用することができない。しかし原審が取調べた石川鏡水の検察官に対する昭和二十六年三月十四日附供述調書に徴すれば、石川鏡水は被告人竹村の代理人として被告人藤本より本件農地の売却代金二十五万円を一旦受取つたが被告人藤本の要求により同被告人が国に対し支払うべき本件農地の代金として四千三百円を右二十五万円の中より同被告人に返還した事実(同被告人は結局右四千三百円を国に対し支払つていない)を認めることができ、被告人竹村が本件違反行為により現実に取得した代金額は二十五万円より右四千三百円を控除した二十四万五千七百円であることが明かである。従て追徴も右二十四万五千七百円を限度とすべきであるから原判決が被告人竹村に対し二十五万円の追徴を言渡したのは右の理由で違法であると謂わなければならない。結局被告人竹村に対する原判決は追徴の前提となる同被告人の取得代金額の点につき誤認があり右は判決に影響を及ぼすものであるからこの点において破棄を免れない。

仍て被告人竹村に関する量刑不当の論旨に対する判断を省き刑事訴訟法第三百八十二条第三百九十七条により各原判決を破棄し同法第四百条但書の規定に従い当裁判所において自判することとする。

(罪となるべき事実)

第一、被告人竹村隆郷は法定の除外事由がないのに拘らず昭和二十五年二月頃被告人藤本雪恵の肩書住居において武田義行を介し被告人藤本雪恵に対し高知県長岡郡野田村字下野田五〇内三四四田一反十五歩、同所二四五田一反十五歩及び同所道添一〇七田一反六歩計三反一畝六歩を所定の統制額(計四千百十八円四十銭)を超える代金二十五万円で売渡す契約をなし石川鏡水を介し代金として二十四万五千七百円を受領し

第二、被告人藤本雪恵は法定の除外事由がないのに拘らず前記日時場所において被告人竹村隆郷より武田義行を介し前記田合計三反一畝六歩を前記統制額を超える代金二十五万円で買受けたものである。

(証拠の標目)

判示第一の事実につき

一、原審第三回公判調書中被告人竹村の供述記載

二、被告人竹村の検察官に対する第一回及び第二回各供述調書(記録第四二丁以下)並に昭和二十六年三月二十七日附供述調書

三、石川鏡水の検察官に対する昭和二十六年三月十四日附供述調書

四、武田義行の検察官に対する昭和二十六年三月二十三日附供述調書

五、被告人藤本雪恵の検察官に対する第一回供述調書

六、高知県農地課長幸川衛作成の農地売渡計画書写(記録第一七六丁)

判示第二の事実につき

一、原審第一回及び第六回各公判調書中被告人藤本雪恵の各供述記載

二、被告人藤本雪恵の検察官に対する第一回供述調書

三、被告人竹村隆郷の検察官に対する第一回及び第二回各供述調書(記録第四二丁以下)

(法令の適用)

被告人両名に対し農地調整法第六条の二第一項、第十七条の四(但し昭和二十六年法律第八十九号による改正前のもの)、罰金等臨時措置法第二条(各罰金刑選択)、昭和二十一年一月二十六日農林省告示第十四号、刑法第十八条

被告人竹村隆郷に対し刑法第十九条の二、第十九条第一項第三号、刑事訴訟法第百八十一条

仍て主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

被告人藤本雪恵に対する検察官の控訴趣意

一、本件公訴事実の要旨は、被告人は法定の除外事由がないのに昭和二十五年三月頃長岡郡後免横町三百八番地の被告人方に於て竹村隆郷から同人所有の同郡長岡村字下野田五ノ内所在の田二反一畝はその統制額が二千七百三十二円四十銭で同所道添所在の田一反六歩はその統制額が千三百八十六円であるに拘らずこれを合計二十五万円で買受けたものである。と謂うのであるが原審は「被告人は本件土地買受けの際相手方や仲介人から県知事の許可を得たから差支えないと言われそう信じて居たと弁疏するのでこの点について審案するのに相手方の地位や職業、被告人の教養程度その他買受けに至つた諸事情を綜合すると被告人の右弁疏は理由ありと認められるので本件公訴事実はその証明が十分でない」となし無罪の判決を言渡したものである。

二、然しながら本件公訴事実中 (一)竹村隆郷所有の長岡村字下野田五ノ内所在の田二反一畝はその統制額が二千七百三十二円四十銭で同所道添所在の田一反六歩はその統制額が千三百八十六円である事実は、(1) 竹村隆郷の原審公判廷に於ける右同趣旨の供述(原審記録第七十丁)、(2) 長岡郡後免町野田村組合野田地区農地委員会委員長細川幸喜の検察官島岡寛三に対する本件農地の事実調査に関する回答書中本項に符合する記載(原審記録第五十四丁)に依つてその証明は十分であり、(二)竹村隆郷が昭和二十五年三月頃被告人方に於て被告人に対し右田を合計二十五万円で売渡した事実は(1) 竹村隆郷の原審公判廷に於ける右同趣旨の供述(原審記録第七十丁)(2) 検察官島岡寛三作成の藤本一枝に対する第一回供述調書中本項に符合する供述記載(原審記録第二十七丁)(3) 検察官島岡寛三作成の石川鏡水に対する第一回供述調書中本項に符合する供述記載(原審記録第十九丁)に依つてその証明に十分であり、(三)「法定の除外事由がない」と言う消極的事実について積極的に反対の事実が主張されず立証されない本件に於てはその統制額を超えた価格二十五万円の支払が法定の除外事由なくしてなされたものであることを認めるに足る。

三、されば本件の論議の焦点は一に係つて被告人が右田を買受けた際その代金二十五万円が統制額を超えるものであることの認識を有していたか否か又その二十五万円で買受けることについて被告人は県知事の許可を得たものと誤信していたか否かの点にあるわけである。この点に関し原審は被告人の原審公判廷に於ける「本件土地買受けの際相手方や仲介人から県知事の許可を得たから差支えないと言われそう信じていた」旨の弁疏を容れ相手方の地位や職業被告人の教養程度その他買受けに至つた諸事情を綜合すると被告人の右弁疏はその犯意を阻却するにつき相当の理由があり従つて被告人には罪を犯す意思があつたものとはなし得ないとして無罪の判決を言渡したものである。然しながら今詳さにこれを検討するに本件は明かに事実の認定に重大な誤謬が在する。何となれば

そもそも検察官は本件を農地調整法第六条ノ三第一項の価格統制違反の訴因について公訴提起に及んだのであるが被告人もこの点についてはその事実を認め何等争つては居らないのである。即ち被告人は冐頭公訴事実に対する意見開陳に当つて「事実はその通り相違ありませんがこれには色々と事情があります」と陳述し(原審記録第七丁)次いで裁判官の「統制額を超過して買受けた事はどうかね」との尋問に対し、「間違いありません」と答え更に証拠調終了前裁判官の尋問に対し、問「本件土地の価格四千百十八円(証拠によつて明かな如く実際は四千百十八円四十銭が正当)は農地委員会へ納めたか」答「納めませんでしたがそれは追つて通知があるからその時納めると言う事でありましたからそのままにしてあるのです」問「それ丈けの金を納めればよいのに何故二十五万円もの金を払つたか」答「答なし」問「本件の土地は相被告人の隆郷から買受けたものか」答「兎に角竹村さんから買つたものであります」問「土地に公定価格のあつた事は知つているか」答「それは存じておりました」と陳述しているのである。(原審記録第百二十七丁第百二十八丁)換言すれば被告人の弁解するところは要するに本件農地の移動統制(農地調整法第四条)について県知事の許可があつたものと誤信(その許可のたかつたことは本件より分離された竹村隆郷の記録により極めて明瞭である)していたものであるに止まり本件公訴事実の訴因である価格統制違反の点については被告人もこれを認めて争わないところである。元来農地調整法は農地改革に関する恒久的土地制度を確定するため制定されたものであつてこの趣旨を貫徹するため農地にはその移動(所有権の移転)について農地調整法第四条及び自作農創設特別措置法第二十八条の統制のある外更にその譲渡の際の価格についても統制があるのである。若し当該農地につき土地台帳法に依る賃貸価格のない場合には都道府県知事の認可を得た価格に従つて譲渡すべく(農地調整法第六条ノ四)之に反し賃貸価格のある場合(本件がこの場合に該当することは検察官島岡寛三作成の竹村隆郷に対する第二回供述調書中の同人の供述記載によつて明かである)には都道府県知事の許可を受けたる場合及び命令を以て定むる場合を除いてはその賃貸価格に主務大臣の定むる率即ち四十倍を乗じて得た額を以て譲渡せねばならないのである。(同法第六条ノ二)而して被告人の弁疏がその前者即ち移動統制に関する許可があつたものとの誤信にすぎなかつたことは前記の如くその陳述自体に徴しても極めて明瞭なところである。その価格二十五万円で買受けることにつき県知事から許可を得ていなかつたことは被告人もこれを知悉していたのであつてこの点については何等の誤信もなかつたのである。そのことは(1) 本件農地三反一畝六歩の取引価格二十五万円が不当に高価な闇値段であることは既に農地改革も大いに進捗している当時に於ては被告人の如く農業を営む者はもとより何人もこれを周知している事実、(2) 被告人が本件農地を買受けるにあたり売主竹村隆郷はこれを二十七万円で買つて呉れと言うのを被告人が二十五万円に値切つた上売買契約が成立した事実(被告人の第一回供述調書原審記録第五十七丁)から推論し右二十五万円については県知事の許可を受けたものでないことを被告人も十分知つていたことが容易に認められる事実、(3) 本件農地の代金を売主竹村隆郷の代理人石川鏡水が受取りに来たので同人に金二十五万円を支払つたがその際買主から政府へ支払うべき公定の土地代金は売主の負担とする旨の特約があつたのでその土地代金として四千三百円(実際の公定価格は四千百十八円四十銭であるが被告人はこれを概算で受取つている)を右石川鏡水から払戻して貰い現在尚これを被告人の手許に保管している事実(石川鏡水の第一回供述調書原審記録第十九丁)から推論し右二十五万円については県知事から許可を受けていなかつたことを被告人も十分知つていたことが容易に認められる事実等に徴しても十分肯認され得るところであつて一点の疑問もない筈である。従つて原審が公判廷に於ける被告人の右弁疏を軽信採用しこれを以て直ちに二十五万円の価格で取引することについて県知事の許可があつたものと誤信していた趣旨であるとなし本件公訴事実を犯意がないものと認定したのは全く事実の認定を誤つたものであると言う外はない。殊に原審が被告人に対しその価格違反の点について認識があつたか否を確かめ被告人もその犯意を認めているに拘らず前記理由を以て被告人には犯意がないと判示したのは誠に奇怪であり或は右は原審が殊更無罪を宣告せんがために形式上の理由を創作せんと試みたるにあらずやとの疑さえ抱かしめるものである。これを要するに叙上引用せる各証拠を綜合すれば被告人には到底犯意がなかつたものとなすことはできない。

四、果して然らば本件公訴事実はすべてその証明が十分であり当然に有罪でなければならない。然るに原審はその確証を看過して無下にこれを排斥し徒らに枝葉末節の断片的事実に捉われて本件事案の真相を洞察し得ず以てこれを単に形式的事務的に判断した結果茲に重大なる事実の誤認をなすに至つたものであつてその誤認は判決に影響を及ぼすことが明かであるから原判決は到底破棄を免れないものと信ずる。仍て刑事訴訟法第三百八十二条により控訴を申立てた次第である。

被告人竹村隆郷の弁護人深田小太郎の控訴趣意

第一点原判決は訴訟手続に法令違反の違法が有りこの違法は判決に影響を及ぼすものと思料されるから到底破棄を免れない。

一、一件記録を調査するに被告人の弁護人西村寛につき、同人から適法な弁護人選任届書を提出されて居らない。

二、本件記録中被告人からの八月十四日附弁護人選任に関する回答と題する書面中に「私選弁護人は八月十四日(弁護人西村寛)を選任した」旨の書類は見受けられるが、その他には刑事訴訟法第三十一条刑訴規則第十八条の規定に適合した弁護人の選任届は全然見当らない。

三、故に本件被告人の弁護人についてはその選任が有効に成立しているものとは到底解せられない(弁護士か非弁護士であるかの点も不明)。

四、従つて有効に選任されて居らない弁護人によつて為されている証拠調その他の重要手続は全部無効と断ずべきであり、この無効の証拠調に基く原判決挙示の証拠も全部違法たるを免れないからこの点で原判決は到底破棄を免れない。

第二点原判決はその理由にくいちがいが有るか又は追徴に関する刑法の規定の解釈を誤つた違法が有り、この違法は判決に影響を及ぼすものと思料されるから破棄せられたい。一、原判決は被告人から二十五万円を追徴すると言渡されたが、原判決の認定された事実は農地調整法第四条の農地の移動制限に関する規定違反の事実ではなく、只単なる同法第六条ノ二の第一項の価格違反の事実に過ぎないのである。二、してみると、被告人は本件農地の売買代金として二十五万円を受取つているとしても、その内法定価格の範囲内である金四一一八円四〇銭については何等不法に利得しているものではなく、むしろ右法定価格に相当する金額は本件農地売渡の対価として被告人が当然に受領し得べきものと言わなければならない。三、故に原判決が本件農地の所定の統制額を合計四一一八円四〇銭と認定しておきながら一方において二十五万円の代金全部につき追徴の言渡をされたのは彼此不合理なくいちがいが有るものと言うべく又追徴の規定の解釈適用を誤つた違法が有るというの外ない。

第三点原判決の量刑は重きに失するから破棄の上更に相当の御判決を乞う。一、原判決は被告人を罰金一万円に処したが、これは法定刑の最高額である。二、然るに一方で更に附加刑ではあるが二十五万円の追徴を科しているのである。三、然るに第五回公判調書中、被告人の前妻楠寿の証言即ち本件農地の事実上の耕作権者は妻であつた点、そして同証人の二男の不法行為に因る被害弁償金とオート三輪車購入に際して生じた借金との支払の為に被告人と相談の上で万已むを得ず売却したのである。従つて該売買代金は親として子の窮状打開のため右から左へ支払つてしまつたので手許には残つて居らない苦境の一家であることが窺知できる。四、それ故にこの二十五万円の追徴は難きを強ゆるもので被告人に対して甚しい苛酷であり若し相被告人藤本雪恵が無罪と確定すると同人の立場からは被告人竹村に対して超過額につき不当利得返還請求をしないとも限らない点をも考えてみるとこの追徴処分は益々失当であると思料されるから是非とも原判決破棄の上御軽減を乞う。

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